JICAは現在、海底へと沈みつつある船と運命を共にしようとしている。もしJICAがこの事業を進めることにすれば、日本、そして自らをレピュテーション(評判)および財政的なリスクに晒すことになる。そうしたリスクをとる価値があるとどうにか見なしたとしても、世間の反対がさらなる障壁を浮き彫りにするだろう。あらゆる障壁を取り除くためにJICAに残された唯一の道は、再生可能エネルギーである。
マタバリ石炭火力発電所は、消えゆく産業の典型的な例になっている。請負業者は撤退し、バングラデシュ政府はこの石炭火力発電事業について再考し始めている。同事業の主要な資金提供者である日本の国際協力機構(JICA)だけが依然として関与している。同事業が非現実的であるがゆえにJICAはもとより、日本にもたらす大きなレピュテーションリスクを考えれば、他者に追随し、撤退することがJICAにとって最善の道だろう。そのうえ、再生可能エネルギー事業が石炭火力発電所に取って代わることができれば申し分ない。
マタバリ石炭火力発電事業の背景
マタバリ石炭火力発電所の建設地
マタバリ石炭火力発電所は、バングラデシュのコックスバザール県で計画が進行する石炭火力発電事業の一環である。開発業者としては、国営企業のバングラデシュ石炭火力発電会社(Coal Power Generation Company Bangladesh:CPGCBL)が中心的な役割を担っている。
マタバリ石炭火力発電所の建設計画は、2011年9月に提案された。2024年までには稼働に至り、バングラデシュの発電設備容量の10%を担う見込みだ。
マタバリ石炭火力発電事業への投資
この1.2ギガワット(GW)の石炭火力発電所への投資は、推定45億米ドルに達する。主要な資金提供者となっているのがJICAであり、これまでのところ、政府開発援助(ODA)の融資を通じて発電所とそれに伴う石炭輸入インフラの建設に対し14.8億米ドルを提供している。JICAはさらに13.3億米ドルを提供する予定である。
ちなみに、住友商事、東芝、IHIの3社が組成するコンソーシアムが、同事業のエンジニアリング、調達、そして建設の主要な請負業者となっている。
マタバリ石炭火力発電所のリスク増大
2022年3月、日本の大手総合商社である住友商事は、マタバリ石炭火力発電事業から撤退する旨を発表した。同社は、表向きには同事業から撤退する理由として、2050年までにカーボンニュートラル実現を目指す意向をあげている。だが、この決断に至るまでの世間からの圧力を過小評価すべきでない。環境団体は直ちに住友商事の決断を歓迎し、それに倣うようJICAに要請した。
「マタバリ石炭火力発電事業フェーズ2に参画しないという住友商事の決断は、日本にとって大きな問題です。このような複雑かつ環境被害をもたらす事業に取り組もうという企業はほとんど残っていません。」
– ジュリアン・ヴィンセント(Market Forcesエグゼクティブディレクター)-
東芝やJERA、三菱といった日本の大手企業は、すでに石炭から撤退している。事業のエンジニアリング、調達、建設(EPC)を引き受ける企業がなければ、JICAにとって資金協力を行うインセンティブ(動機付け)はないに等しい。
さらに、バングラデシュ政府のナスルル・ハミド エネルギー担当大臣が述べているように、同政府は同事業のフェーズ2を思いとどまる可能性がある。
クリーンエネルギー投資はJICAにとって
より良い選択肢
JICAは長年にわたり、気候変動対策支援へのコミットメントについて世間の納得を得ようとしてきた。国連の持続可能な開発目標(SDGs)や「仙台防災枠組2015–2030」の達成に向けた貢献を目指すだけでなく、低炭素で気候変動に強靭な社会への移行に向けて開発途上国支援を率先して行うべく、気候変動対策事業に関する戦略を策定している。
マタバリ石炭火力発電事業は、バングラデシュの「持続可能な経済成長」に寄与するというのがJICAの主張である。また、同事業は他の石炭火力発電所よりも温室効果ガス排出量が少ないことから「気候変動の緩和に資する」とも述べている。
しかし、資金面でも排出面でも、同事業で持続可能なものは何もない。
マタバリ石炭火力発電所のコスト
第一に、建設の遅延やコスト超過、必要となる関連インフラにより、同発電所の発電コストは、きわめて高額になると見込まれる。さらに、同事業は、再生可能エネルギーよりもはるかに高くつくことになる。バングラデシュにとっては、石炭よりも太陽光発電の方がはるかに安価であることをエネルギー分析が明らかにしている。バングラデシュが持つ太陽光発電の潜在能力を考えれば、税金を支払う市民にとっても、マタバリ石炭火力発電所よりも太陽光から受ける恩恵の方が大きいと言える。
環境社会配慮
マタバリ石炭火力発電所は、より多量の排ガスを出す不必要に大気を汚染する技術に頼るものと見られる。この技術は日本での使用は許可されていない。こうしたタイプの新規の石炭火力発電所は、地球温暖化に対する取り組みを阻害することになる。
同事業は、バングラデシュを「高債務、高炭素、高公害の未来」に縛りつける危険性がある。だからこそ、日本は、石炭火力発電事業を立ち上げるのではなく、同国の「再エネ主導の未来」への移行を後押しするために技術ノウハウを活用すべきなのだ。
対外債務に関するバングラデシュ・ワーキング・グループのハサン・メヘディ事務総長によれば、バングラデシュの多くの人々は、再生可能エネルギーへの投資を喜んで受け入れるという。
マタバリ石炭火力発電事業は、
日本とそのコミットメントの試金石
日本は長年にわたり、石炭から撤退するようアクティビスト(物言う株主)の圧力を受けてきた。しかし、投資条件を厳格化しているにも関わらず、日本は依然として海外の新規石炭火力発電事業を積極的に検討するアジアで唯一の国となっている。
「住友商事は、マタバリ石炭火力発電事業フェーズ2が自社のパリ協定へのコミットメントと両立しないことを悟りました。今こそJICAは、マタバリ・フェーズ2が石炭火力発電所の新規建設を中止するというG7サミットでの日本のコミットメントに反することに気づき、住友商事と同じ賢明な決断を下す必要があります。」
– ジュリアン・ヴィンセント(Market Forcesエグゼクティブディレクター)-
日本および世界の大手EPC請負業者や主要銀行の多くは、石炭から撤退している。そうした中、政府のネットゼロ宣言に整合していない組織はJICAだけである。
もしJICAがマタバリあるいはその他の石炭火力発電事業への融資を認可すれば、海外の石炭火力発電事業への投融資を停止するという、2021年のG7サミットにおける日本の公約に反することになる。
マタバリ石炭火力発電事業を進めることは、持続可能性への日本のコミットメントに支障をきたすことになる。また、国に対する国民や企業、投資家の信頼を損なうことにもなる。
とりわけエネルギー国際舞台におけるその他の日本の最近の疑わしい動きを考慮すると、日本は自らをさらに深刻なレピュテーションリスクに晒すことになる。世間は、海外の石炭火力発電事業への投融資の停止を表明した中国と日本を比較するようになるかもしれない。そうした比較は日本にとって好ましくない。中国は実際に、海外における石炭火力発電所の建設と資金支援を停止している。バングラデシュに関して言えば、中国は同国の石炭火力発電事業への投融資をすでに拒否している。
マタバリ石炭火力発電事業の未来
バングラデシュは気候変動の影響に対して特に脆弱であり、それゆえに石炭火力発電所の建設は重要な問題だ。同国では、再生可能エネルギーをより支持する運動が全国的に活発化している。マタバリ石炭火力発電事業の最も重要なパートナー企業に見捨てられたJICAは今、不安定な状況に置かれている。同事業が持続可能性に対する日本の公約とJICA自身の評判を損ねる可能性が懸念される中、JICAが同事業への関与をやめれば、それが誰にとっても良いことなのかもしれない。
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本記事はEnergy Tracker Asiaによる”The Risks From JICA’s Involvement in the Matarbari Power Plant Project of Bangladesh”を翻訳したものです。